忍者ブログ


[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



[ 2017/09/24 15:32 | ]
2011年5月 福岡ポエトリーVol.10



2011/5/21 (土)16:00-18:00 gigi

福岡ポエトリーvo.10
〔緑萌ゆ〕

R0011209.jpg

朗読順
1.Seiaさん
2.網野杏子さん
3.増本大二郎さん
4.吉牟田 千香子さん
5.プル式
6.キミドリさん
7.ハナさん
8.サラ・カイリイさん
9.夏野雨






0.夏野、司会あいさつ&紹介朗読 (*以下【 】内は朗読作品タイトル)

 今月のサブタイトルは、「緑萌ゆ」です。
 しばらくのあいだ、サブタイトルをつけてみることにしました。一応きまっていますが、パフォーマンスは、タイトルに関連したものでなくても歓迎します。
 
 3月の福岡ポエトリーでご紹介した和合亮一さんの「詩の礫」が、現代詩手帖5月号に載っています。同時掲載の「詩の礫ノート」のなかで福岡ポエトリーが、福岡のチャリティーイベント」として言及されていました。ありがとう。(3月のみチャリティーでした。)
 
 それでは今月も、ゆるくはじめてゆきたいと思います。

 まずは、「八木重吉」をご紹介します。

【心よ】八木重吉
『 こころよ
 では いつておいで

 しかし
 また もどつておいでね

 やつぱり
 ここが いいのだに

 こころよ
 では 行つておいで   』

 とてもみじかい詩。夏野は最近、NHK「にほんごであそぼ」にはまっているのですが、そのなかで「うなりやべべん」なる人物が、この詩をつかった歌をうたっていて、とてもいいな、とおもったのでした。

【序】八木重吉
【植木屋】八木重吉
【丘で】八木重吉
【西瓜を食おう】八木重吉
【赤土の土手】八木重吉

 もうひとり、最近読んでいいな、と思ったこの方の詩をご紹介します。

【石けんのかわりめ】白井明大
『 何度もぬらして
  タオルにこすりつけてようやく
  泡がちょっとできるくらいに
  ちびていた
  ぼく用のせっけんが
  角かくしたおおきなのになっていて
  きのうまでのちびた石けんも
  あたらしいののうえにくっついてて
  すこしシャワーをかけただけで
  ずいぶんとよく泡立ち   』
          (「歌」 思潮社 より抜粋)
 おこっている、というきもちと、角かくしたせっけんと、やわらかな泡。
 生活のなかにあふれる、やさしさのような、あきらめのような、それが同時に存在することのような、つかみどころのない部分をすくった、すてきな詩です。




1.Seiaさん
R0011226.jpg

【フリ】Seia
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=233304
 大人って何だろうかと考えさせられる。大人になれたと思えば子供にかえりたいと思う。
 いつだって子供でいたいと思う心と、大人でありたいと思う心バランスは、多分、本当はすごく難しい。

【一日の終わりに】Seia
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=233393
 一日を丁寧に紐解く。それは日々繰り返される事。あたり前の事の繰り返し。
 しかしそれは本当にあたり前なんだろうか。
 『そして陽が昇る 奇跡が昇る』

 個人的には
 『箸が動く
 魚の煮付けをつついて
 口が動く
 漬物を二枚かじって』
 のくだりが、真ん中で良い仕事をしてるなぁと感じる。技術的な話になるかもしれないが、こういった詳細な日常の表現が加わる事で、ぐっと詩の鮮度を引き寄せ、引き締める。





2.網野杏子さん

R0011230.jpg

日記をという事でチョイスして読んで下さいました。

【一本のコーラ】
 駅で、カタコトで話しかけられる。そうして数日前の自分に思いが馳せる。
 アメリカで迷子になった時の事。そのとき一緒に考え、喜んでくれた庭師の事。
 お礼の言えなかった事。
 網野さんの詩や朗読は大概優しさで縁取られている。多分それは本人の立ち位置によるのだろう。柔らかな朗読でした。


【麦】石原吉郎
『いっぽんのその麦を
すべて過酷な日のための
その証しとしなさい
植物であるまえに
炎であったから
穀物であるまえに
勇気であったから
上昇であるまえに
決意であったから
そうして何よりも
収穫であるまえに
祈りであったから   』
                                (「石原吉郎詩集」 現代詩文庫 思潮社 より抜粋)
 シベリアに抑留されたという彼の詩人は、絶望の中から希望の一粒を生み出す。
 一片のその麦、それは炎であり、勇気であり、祈りであり、希望であると。今はもう、知識として知るしかないのだが、シベリア抑留を8年、それは長い絶望の時間であったろうと思う。そうしてその絶望の中で死んでゆく仲間がさらに自分の背に腹にのしかかるのだろう。一片の麦は、キリスト教徒らしいモチーフではあるが、その実、劣悪な環境の中でわずかな食料とはいえ希望の種であったに違いない。





3.増本大二郎さん
R0011236.jpg

【アリバイ】三角みず紀http://misumimizuki.com/

『 盲目の女
 私は何も見なかった  』
             (「オウバアキル」 思潮社 より抜粋)

 そんなフレーズで閉められるこの詩は、とても恐ろしく映る。モノトーンの世界、色の強すぎて全ての混ざり合った黒の世界は、何よりも深い黒を彩る。盲目の世界で見えるもの。それは実はものすごく色鮮やかなのかもしれない。


【愛す】増本大二郎
『 私誰かの幸せを祈れる程幸せじゃない 』
 目の前に何か知れない壁があり進めない。檻の中から、景色を、手のでない景色をもがき求める様な詩。


【無題】増本大二郎
『 世界には沢山人が居るのに自分は自分しか居ない 』
『 悲しみの箱をあけましょう 』
 とても力強く部屋の壁を叩く様な詩でした。増本さんの詩にはとても壁を感じ、それを打ち破らんとあがくその強さは、内面の奥の奥から来る力だと思います。それが溢れ声になり、心を震わせる。






4.吉牟田 千香子さん

R0011256.jpg

【風に乗って声が届く】吉牟田 千香子
 『つるっと出た言葉に』~『幸せですと上にのって届く』(たしか引用のはず)
 本当に幸せなと言うのはこういう事だと思う。気がつくと幸せをのせて。いい。

【(タイトルを聞き取れませんでした)】吉牟田 千香子
 『私らしくない事をしないといけないって所がミソ』
 という〆のフレーズにおもわず胸キュンしそうでした。
 前回は演奏だけで、今回初朗読でしたが、とても女性らしく、と言って良いのでしょうか、キラキラとした言葉の欠片を(まるで砂浜で見つけた、ガラスの様な透明色の石を)見ている様でした。白い光の差し込む朝の似合う詩でした。

●ハーモニカの演奏(「千と千尋の神隠し」より)
 ハーモニカ今回は何と二刀流でした。実にステキな演奏でつい聞き入ってしまいました。(曲名が思い出せないですが、確かハクと千が豚小屋あたりで出会うところか、たらい舟で出かけるあたりの曲だったと思います。)

 今回、はじめて自作の詩を朗読してくださった吉牟田さん、とってもキュートでした。ありがとう!





5.プル式

R0011239.jpg

【そんなんちゃうねん】プル式
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=135202

『 『ちゃうねん、あの、ちゃうねん』

  ちゃうで、ちゃうねん
  ホンマちゃうねんって
  な
  やからちゃうねんって
  もお、ちゃ、なぁ、
  せやから
 なぁ、ちゃうねん!             』
 関西弁のかわいい、くすぐったい詩です。


【トゥトゥ】プル式
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=85348


【ありがとう】プル式
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=99112

【スケッチブック】プル式
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=113303

【あの子への詩】プル式
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=113866

 「今回は、時間をメイイッパイ使って、恋愛詩ばかりをずらっと読もうと思った。でもそれだとキツくなりそうだったのでBGMを使いました。」というプル式さん。なんだか青春のにおいにほろり。




6.キミドリさん
R0011248.jpg

【電波ポエム】キミドリ
 今回のキミドリさんは慌てての登場(少し遅れての参加)だった為か、全体的に早い展開で進んで行った。ケロロ軍曹の曲に合わせて。(ケロロ軍曹の曲やストーリ展開はいつもかっこいいと思う個人的にだけど)そのせいだろうか、今回のキミドリさんのリーディングは実にかっこ良かった。あいかわらず音楽をつかいこなしています。尊敬!
 電波ポエム、地球より愛を込めて。


【子供星人】キミドリ
 『 子供に言ってあげる』『自分の事は自分で 』
社会というコミュニティの中で生きていると、大人でも自分の事が出来ない人に出会うし、そうなる場合がある。この詩ではそういった大人に向けて柔らかなメッセージがおくられている。『自分の事は自分で』


【征服者】キミドリ
 破壊と再生を繰り返す
 あなたの生活と私の生活
 私には見えるあなたの気持ち

【地球に帰ってくる】長沢哲夫
『 地球が帰ってくる
  ぼくの中に地球が帰ってくる
  ぼくは闇の中で青い太陽を見る
  顔にきざまれた海が笑う
  家々のねじまげられた朝をすりぬけ
  失われた鳥たちが歌っている
  ぼくはこのつかの間を愛する
  自分自身の闇の 氷りついた朝の 足音のない街々の
  めらめらと歌う春のこのつかの間を
  めらめらと歌う花たちがぼくの心に咲いている
  鯨たちが笑う塩の朝
  ぐしゃぐしゃと月が上がり
  ぼくの中に地球が帰ってくる                』
漁師として百姓としての生活から生まれるものだろうか。すごく言葉にならない「ああそうだ、そういう事だ」という言葉があふれている。朝の、静かな、家々の、、、ラスト3行の、ラスト5行の、
なんとすばらしいことか。


http://www.nanpou.com/book/bok_146.html (長沢哲夫)





7.ハナさん
R0011250.jpg

【いつも緑に見える】ハナ
 留学生という彼女は、日本語で詩を書き、読んでくれました。
 言い方は悪いかもしれないけれど、まだ拙く語られる言葉は、一つ一つが大切にされているという感じを受けました。実に、日本人があたり前すぎて忘れている「日本語のきらめき」を見せてくれました。途中歌われるアカペラの、手探りなスピードから踊りだす旋律のなんと新鮮なことか!
 目に見える世界、目に見えない世界、本当は見えている世界、いつも緑に見える世界。実に美しい。




8.サラ・カイリイさん
R0011252.jpg

【あほらしい唄】茨木のり子
『 この川べりであなたと
  ビールを飲んだ だからここは好きな店

  七月のきれいな晩だった
  あなたの坐った椅子はあれ でも三人だった

  小さな提灯がいくつもともり けむっていて
  あなたは楽しい冗談をばらまいた         』
             (「おんなのことば」童話屋の詩文庫 童話屋 より)

 記憶の詩。私が私から出てくる。思いの橋を記憶のあなたに架けて。ゴッホの明るい跳ね橋。
 なによりラストの、

『 娘は誘惑されなくちゃいけないの
 それもあなたのようなひとから    』

 という部分が、たいへん印象的でした。だって茨木のり子さんなんですよ!
「自分の感受性くらい」とか、「倚りかからず」という詩を書いた茨木さんに、こんな作品があるなんて、なんて、なんてチャーミング。なんてすてき!


【クローゼット】サラ・カイリイ
 チョークでぐるりと囲んで作った自分の場所
 それは自分が本当の自分として居られる場所
 さらけられる場所。とても乙女というか、純な感じでした。

【蜃気楼】サラ・カイリイ
 これこそサラ・カイリイと本人が言う様に、実に読んでいる姿が印象に残る、楽しい時間でした。コロカラとした、まるで子供が背伸びをした様な、いや、大人が描く大人に背伸びをした様な、大人の詩でした。





9.夏野雨

R0011219.jpg

夏野のツイッターでの短い詩、#amadare(雨だれ)より

【雨しなだれ】
【桜快晴】
【新しい日】他


【電文】夏野雨
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=234867
『 さみしさだけをたよりにして
  電文を打っていった
  それは音に変換されて
  瞬きのあいだに
  地球を何周もするのだった
  チューニングのあわない
  ラジオの波のなかで
  まるい発声の母国語を
  わずかに拾い集めるように
  レスポンスを探していた
  海の向こうの島にも
  生きているひとたちがいるはずだった   』
 戦争、争いという情報の、モニターの向こうとこちら。僕らは今、情報をどう知り、どう扱うのだろうか。


【てんめつきゅう】夏野雨
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=157952
『 ひとつのあかりの限界が
 ひとつの世界の境目なんだろうか    』

てんめつきゅうが、実際の所何を指すのか、と思う。毎回聞くたびに、少しずつ違って聞こえるのは、この詩が聞き手の内面に大きな光と影を投げかけるからなのだろうか。
 



さてさて、今回、会場であるgigiでは、さおりさんのよるきのこ個展が開催されていました!

R00111872.jpg

かわゆらしいきのこ

R0011190.jpg

おおっと

R0011196.jpg

せまりくるきのこ (壁面)

きのこにかこまれ、朗読にも力が入りました。

 さおりさんの一コマ漫画ブログ「おかえり」はこちら
 → http://okaerisaori.blog51.fc2.com/





 きがつけば10回目の福岡ポエトリー、3月からサブタイトルをつけてみたら、今回、「サブタイトルをみて詩をかいた」という方がいらして、感謝感激でした。そんなことが!そんなことがあるならばまたはりきってサブタイトルをつけてみたいとおもいます。
 いろんな朗読があり、いろんな言葉があり、英語あり、演奏ありの回でした。ひとり10分で、ひとりぶんの身体で、できることはかぎられていると思うのですが、だんだんパフォーマンスの自由度があがっているような気がします。今後もたのしみ。
 次回は6月18日16:00~ です。またお会いしましょう!






拍手[2回]

PR


[ 2011/06/18 04:05 | Comments(0) | TrackBack(0) | レポート ]

トラックバック

トラックバックURL:

コメントを投稿する






<< 2011年6月 福岡ポエトリーVol.11  |  いちばん上へ  |  2011年4月 福岡ポエトリーVol.9 >> 福岡ポエトリーとは